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遠隔で確率通りに当らないのが負けた理由?自分がやってみて得た大きな転機









「確率通りになんてなるわけがない!ボーダーラインはオカルトw」

「全然続かない・・・継続率○○%は噓に決まっている」

「1/300で時短100回、当たる気しないし現実に当たっていない」

「すべて遠隔操作されているので負けるのが当たり前」





といった声をよく聞きますし、本当にそう思っている人も多いのではないでしょうか?

かつて私もそう本気で思っていた内の一人なのです。

今回は「確率」というものを、自分の実体験を元にお話ししたいと思います。

少し重い内容ですが、誰しもいつかは向き合わないといけないテーマです。






ほとんどの方は確率というものを学ぶのは、せいぜい学校で少しの時間あったかどうかです。

1/6のサイコロは何百回も振れば、概ねどの出目も1/6の出現率になる程度の認識だと思います。

ところが、パチンコに出会って初めて1/300や65%などの分母が大きい確率が出てくるようになります。

私も初めての頃は正直、「ふーん」ぐらいで理解しようとしたり、学ぼうとする気も一切ありませんでした。





理不尽な大人に出会う



まだ18才そこそこパチンコもよくわからない時代に、いきつけのお店に行くとよく話しかけてくる人がいました。

年齢は30代半ば~40代で、18才の自分から見たら「おっさん」ですね。

自分が負けて機嫌が悪いと、愚痴を言いやすい自分(若者)に寄ってきて長々と文句を聞かされました。





「パチンコなんて当りはコンピューターで決まっているから、確率なんてのは関係ない」

「カメラで顔を見て裏で遠隔操作しているから、必ず負けるようにできている」

「中の基盤が当たらないように変えられている」

みたいなことを延々と語るのですが、本当に迷惑でウザかったわけです。

パチンコがどういうものかは興味があったし、詳しい人に聞いてみたいといつも思ってましたが、

言っている内容が自分が聞いても子供じみてて、これを本気で言っている意味がわからなかったです。

そう文句を言いながらパチンコを打ってきている・・・この人は完全におかしい。

「この人は信用できない・・」






大人というのはもっとしっかりしていて、物事の善悪、分別、責任を持っている人のイメージでした。

いろいろ言ってるけど、「この人はパチンコですごく負けてるんだな、負けた怒りを他人にぶつけている、

話の内容は意味不明、それしか伝わってこなかったです。

こういう人は今も昔も一定数いたわけです。





「そもそもパチンコは違法賭博だからな!」とも言われましたね。

パチンコが違法だからやった事もないし、やる気もないなら一貫性があって立派な意見だけど、

パチンコが違法行為なら、さんざん自分が違法行為とやらをやってきたじゃねぇかって。

よっぽど言ってやりたかったけど、ずっと腹の中でこらえてました。

常連さんの中でももう相手にされず、だから聞いてくれる人言いやすい人を選んで寄ってきたと思います。





おかしくなっている自分に気付くきっかけ



・狙い目の回転数

・しばらく出ていない台

・好調台、不調台

・波

あらゆる人に聞いたり真似たりしてやってみるも負ける、たまに勝つがただただ負ける。

雑誌も読み漁ったが、「ボーダーライン」や「釘」の事ばかり。

いや違う、俺の求めているのは出る台であってボーダーラインなんていうのはどうも嘘くさいと思ってました。

「だって、確率通りにならないから」





ボーダーラインは大当りが確率通りになるのを前提にした理論です。

確率通りになるかどうかもわからないのに、よく回るを打てと言われてもねぇと思っていましたね。

それで勝てるならパチンコは簡単すぎる、何かもっと効率的な勝ち方があるはずだと。

台選びで、こういう台を打てば当たる、連チャンする、法則みたいなものがあるはず。

1/300をヒキで1/200ぐらいに、確変も50%を60%に、それができる方法があるはずと思い込んでました。





こんな日々を繰り返していくと、だんだん考え方がおかしく変わってきました。

今思えば性格も攻撃的になって、いつもイライラしている感じ。

多分、顔つきも変わっていたのだと思う。

いつも間にか自分は、

「こんなハマるのは裏で何かやっているからだ」

「こんなに魚群を外されるのは、遠隔されている証拠」

「なんであの人はいつも出てるのに、自分だけ当たらないのか」






こんな事をいろんな人に話してまわるようになっていきました。

自分の中ではまったく正常なこと、当たり前のことを話している状態です。

ある日、パチンコはやらないけど高校時代の成績優秀で自分も認める賢い友人にこの話をしました。

それはひどいよなぁ、パチンコ店は悪いよなんて言葉を求めていたけれど・・・帰ってきた言葉は、





「今後のお前のために言っておくけど」

「その話を聞いて、理解も共感もできない。これは自分だけでなく世の中の人すべてが同じ事を言うぞ」

「何を話してもパチンコで負けている事だけしか伝わらないし、同情もできない」

「パチンコで負けてるからそういうことを言ってるんだろ?」

「お前は人生ナメている、甘えている、いい奴だったけど昔と変わった」






予想とはまったく違う返答と、あんなに真剣な表情で面と向かって大きい声で言われた事もなかった。

自分が甘えている?昔と変わった?その時は何で言われたかもかわかりませんでした。

一瞬ムカッときて言い返そうと思ったけど、強い耳鳴りが止まらず黙りこんでしまった記憶がある。





真面目で温厚で、頭も良くいい奴にあんな事言われて、悔しいやら悲しいやらショックで落ち込んで帰り、

何かおかしな事を言ったのか?ただ自分はパチンコの遠隔で負けた話しをしただけなのに・・・

耳鳴りと放心状態で考えているうちに、ハッと気づいた。

「自分は、あのおっさんと同じだ!」






パチンコで勝てない理由探し



あんなおっさんを軽蔑していたし、あんな人にはなりたくないと心底思っていたのに。

確かに自分は自分勝手な思い込みや価値観で物事(パチンコ)を見るように変わっていた。

本気で遠隔されて負けた、すべて店が悪い、パチンコを許す世の中が悪いと思っていましたから。

まさか自分が今の状態に気付かない、なんて事があるのかと思いましたよ。





確かに自分もパチンコが悪いなんて言っているいい歳したおっさんに対して、無責任な大人だと感じた。

もっともらしい言葉を並べているけれど、結局負けた逆恨みだし共感も理解もできなかった。

まさか自分があのおっさんと同じになっていたとは・・・

パチンコが嫌いだ悪いだ言っているのに、常にパチンコの事が頭にいっぱい浮かんできて考えている。

やめたつもりでいるけど、ただ単にお金がないだけ。お金が入れば打ちに行く日々。

「パチンコ依存状態」





結局のところ、自分が感じたようにしかパチンコを見ていなかった、主観だけ見ていたわけです。

恐ろしいのは客観的に見て明らかに偏った見方でも、本人からすれば「事実」として映っているのです。

人に「それは違う」なんて言われても、そもそも聞く耳もないのが本音。

パチンコは遠隔という結論となるように、情報を集め行動し間違った事実をさらに固めていきます。

「偏った考え方もある一定の線を超えると自分では気付かなくなる」というのをこの時学びました。






ただパチンコで結構な金額を負けているという現実があります。

ならいっそのことやめれば良いだけの話ですが、やめるなんて何度決意したか数えきれない。

勝てないと本気で思えない、何か腑に落ちない、未練というか釈然としないものが心に残るんですね。

パチンコは絶対に勝てないものと自身が「納得できる理由」が欲しかったわけです。

というのも全員負けているなら納得できますが、勝っている、もしくは負け額が少ない人も現実にいるのです。





この差は一体何なのか?

みんなは「運」だというけれど、運なんて数値化できるものではないし生まれながら決まっているとは思えない。

とりあえず打つのをしばらくやめ、パチプロと思しき人を観察してみると打ち方は普通に見える。

ただ自分と違うのは打つ時間が長い、ただただ粘る。

3~4時間当たっていない日もあるけれど、トータルでは勝って帰る日の方が多い。





夜8時過ぎにプロがやめて帰った台を打ってみようと思った。

うわっ、すごい回る。保留ランプがすぐいっぱいになって止め打ちが忙しすぎるほどの台。

確か当時は1時間当たりなしだと¥15000ぐらいなくなるのが普通だったけれど、

この台は回るので玉の減りも遅く、200~300回してもお金があまり減らない・・・

よく回る台・・・あっ!「ボーダーライン」を思い出しました。





でも確率通りに当りが引けるかわからないのに、というのが根強くあったのでまだ信じられませんでした。

確率・・・確率ねぇ、そうだ!

「よし、自分で数えてみよう」

自分が回した回転数をカウントして、実際に当りが出た回数がわかれば1/○○と明確な答えが出る。

勝った日も負けた日も、試し打ちした分もすべてメモしていって実際にやってみれば良いと。






その結果、もしも確率通りにならないとしたら・・・

「パチンコはやめよう」

これなら何も未練もなくパチンコはやめられる、自分が試した結果なので本当に自分自身で納得できる。

自信を持ってパチンコは確率通りにならない、これは本当に勝てないと言えると思ったわけです。





だから中途半端でなくしっかりとやると決意しました。

ただ一点、確率通りにならないと強く思っていたので「そうなるような結果」を内心望んでいるわけです。

これではデータを蓄積しても、やっぱり確率通りにならないとどうにでもこじつけられます。

望んでいる結果に引っ張られてしまえば、以前のような自分に都合の良い思い込みの塊に逆戻り。

勝ち負けや感情を一切絡めず、純粋なデータを取る必要があると再認識しました。





1週間や1ヶ月そこらでは収束しないのは体感的にわかっている。

半年や1年ぐらいあれば客観的にみても立派なデータになるだろうか。

当時は甘デジもなく、大当り確率1/300~1/350、確変は50%が相場。

突確もなかったし、ヘソ賞球も5個や6個で、交換率はどこも2.5円(40玉交換)。

大当り確率も機種によって微妙に違うけど、概ね1/320前後の機種しかないので合算で平均すれば良いか。





機種が違ったらデータは別にしなければならない、前日多く出ていたら確率通りにならない、

など、自分で「いいわけ」してしまわぬよう、台の状態は一切データには含めないことにしました。

もし中途半端で結論付けても、本心で納得できず結局無意味なものになってしまうのを避ける必要があった。

とにかく確変出現率、初当り確率、この2つが本当のところ確率通りに出ているのか?が知りたかったのです。





言うは易く行うは難し、本当に辛かったデータ取り



どうやってデータを取ったら良いかもわからないまま、小さいメモとペンに書いていきました。

試し打ちも含めた通常時に回した回転数、確変中や時短中に回した回転はメモが追い付かなく割愛。

確変大当りは「〇」、通常大当りは「×」、一応、収支も付け続けました。

最低半年は取り続け、最後の日に集計して判定すると決めた。





しかし、

「収支は負け続ける。」

それもそのはずで、データを取るのを除けば以前と立ち回りは何も変わってないわけです。

回らない台より、回る台の方が良いのは感覚的にわかっていたけれど、ボーダーライン理論は二の次。

過去の当り回数や、ハマリ台、リーチの良くかかっている台、当りがコンスタントに来てる台、

このような台の履歴をメインに立ち回りしていました。





このデータを取るという作業が、想像を絶するほど本当に辛い。

勝った日なんか鼻歌まじりでメモできるけど、負けた日なんかもう本当に嫌になる。

「もうどうでもいい」、「こんな事する必要なんてない、パチンコやめればいいだけの話だ!」

と投げ出したくなる日が何度もありました。

それでも自分でやると決めたからにはやる!中途半端でやめたら一生パチンコに縛られて生きたくない。

何十年経っても文句を言いながらパチンコをやめられない人生にきっとなるはず。

投げ出さないように感情を無にして、データを取り続けました。





自身との戦いにも疲弊してたけれど、特に傷ついたのは隣に座った見ず知らずの人に、

「そんなメモしてパチンコ勝てれば世話ねぇな!」なんて言われたりもした。

こんなことやっているのは自分だけだったし、はたから見ても負けているわけで・・・

涙があふれそうだった、というよりトイレで泣いた。

こんな事やる意味はあるのかと何回も自問しました。





当時よく打っていた機種

CRFゼウスSX
1/315:確変50%
確変当り後100回時短
通常当り後時短なし

CR華観月Z
1/337:確変50%
確変当り後100回時短
通常当り後時短なし

CRFゴーストSP
1/315:確変50%
確変当り後100回時短
通常当り後時短なし

CR海物語3
1/315:確変50%
確変当り後100回時短
通常当り後時短なし

CRモンスターハウス
1/367:確変50%
確変当り後100回時短
通常当り後時短なし





当時の台は、下皿がいっぱいになると打ち出しが止まる仕様でした。(結構あせる)

連チャンすると結構メモしていくのが忙しかった記憶がありますね。

どの機種も確変50%が主流で、出玉は2000発ぐらいの通常当り後は時短なしというスペックでした。

平均2.3連ぐらいなので、1回の出玉は多かったけれど今より連チャンは抑えられていたんですね。

確変で当たるともう2回という2回ループ機もあったが、若者の安月給ではハードルが高かったです。

確変継続リミッターが5回(5連目は必ず通常図柄になる)の機種もありましたね。(のちに廃止)





確率は収束する、というよりしていた



まず自分の「体感」では、

冷静に考えても絶対に確率通りになどなっていない!初当りは1/400、確変30%ぐらい。

そう言い切れるほど当りを引けていないし、確変も当たっていない。

自分だけ当たっておらず、他の人の方がどう見ても当たっている。

1000回ハマリは10回以上あったし、通算2800回転当たりなしという状況もあった。

本来50%の単発も11回連続というもあったし、確変を引いてもほぼ2回で終わっている。

確率通りになどなっているわけがない。





約8か月ぐらいデータを取り続け、もう生活がヤバいほど追い詰められたので集計。

トータル収支マイナス約¥80万!

総回転数(通常時のみ)約78000回転
うち確変当り128回、通常当り122回
初当り回数250回


理論値実践値
初当り確率1/3201/312(+2.5%)
確変割合125回128回(+2.4%)



         

「噓でしょ?」

10数年前なのでやや数字はアバウトですが、何回も計算し直してみても驚愕の結果となりました。

体感とはまったく違う結果を目の当たりにして、全身の力が抜けてしばらく動けなかったのを覚えています。

もしやとは薄々思っていたけれど・・・しかも理論値より多く引けている、こんな事があるのかと。

どうして?自分の感覚は自信があったけど間違っていたということ?

他人がこうだったと言われても絶対信用しない、しかしこれが嘘偽りない自分がやってきたデータ。

確率は収束するのはどうやら本当だと実感したけれど・・・

それなのになぜ¥80万近く負けているのだ!?





何日も考え込んでふと「ボーダーライン」を思い出しました。

確かに回る台をさほど意識していなかったので、平均すればボーダーマイナス1~2回の台を打っていた。

ボーダーラインとは損益分岐点、雑誌に書いてあるのが¥1000で25回(2.5円交換)とかの時代。

もしボーダープラス3回などの台を打っていれば、勝っていたという事?





単純に考えても投資金額は間違いなく減るし、何より回らない台より多く回せる。

投資を抑えながら多く回せる、デジタルが回りっぱなしなれば当然当り回数も比例してついてくる。

電サポ中の止め打ちをすれば、当時は玉が増えるのが当たり前でした。

玉が増えた分は丸々プラスになるし、回すための上乗せが出来るからさらに投資金額を少なくできる。

連チャン即ヤメスタイルで現金投資(4円)ばかりで打っていたが、持ち玉で打てば2.5円で打てる。

2.5円で打てば圧倒的に得であり有利という事か。

こんな感じに、結果を受けてもしあの時こうしていれば?と改善策を積み上げて考えていきました。





雑誌には何回も書いてあった、「回る台を持ち玉で長時間打つ」

「そうか、そういうことかと。」

意地でも認めなかったパチンコのボーダーラインですが、とても理にかなっているな。

店が悪い、遠隔されて負けたと思い込んでいたけれどどうやら違うようだ。





ということは、負けて当たり前の台を自分は打っていたという事になる。

つまり、

「負けるべくして負けた。」

と、ここで初めて気付きました。





還元率が80%しかないような勝負を、今まで続けてきたから収支はマイナスで当たり前です。

パチスロなら常に設定1や2しか打っていないのに、負けるのは当然の事。

これはもう勝負ではなく、自分が勝てると思い込んでいるだけの負け戦をしてきたわけです。





お金を失って得たもの



確率とは試行回数を重ねれば、おおよそ近似値になる。

これは自身のデータから痛感したのだが、それよりもっと大きな自分の転機があった。

負けて当たり前の台を打って負けた、これは事実として認めるしかないし何より自分が納得できた。





ということはだ、負けた原因、責任は店にあると決めつけていたが、

「その原因はすべて自分にある」

こう認めざるを得ない、いや自分が本心で認めたいと決めた事が一番大きな収穫でした。

もちろん今まで通り店が悪いという選択も出来たし、その方が楽で責任もないし何より自分が傷つかない。

だって、パチンコの被害者でいられるから。





友人に一喝されたのを思い出すと、これからの自分の人生を考えた時このままではよくないと思ったから。

毎日恨みや復讐に支配され、遠隔やパチンコが悪い、私は被害者だと今でも言い続けていたと思う。

嫌い嫌いと言いながらパチンコを打つ人を見下し、隠れて打ち続けていたに違いない。





自分のやった事に対して、どのような結果になっても自分で責任をとる。

結局のところ、パチンコを打つGOサインを出したのは自分だし負けて当たり前の勝負をしたのも自分。

もちろん勝てるかもしれない、新装開店です!という誘惑はたくさんあったけれど、打つと決めたのは自分です。

認めたくない気持ちや大きな覚悟が必要でしたが、これが紛れもない事実です。





だからもし、投資やギャンブルで大きな損をしても絶対に人にお金を借りたり周りに迷惑をかけない。

具体的には借金を作ったら、寝る時間を削ってでも深夜アルバイトもして必ず自分で返す。

自分が蒔いた種なのだから、その結果に対してのペナルティは自分で負いたい。

そう腹をくくって、投資やギャンブルをやる。(もしやるなら)





なので自分の身の丈を上回るような勝負はしないし、やるなら失っても良い金額、余剰資金内。

株で何十万儲かった、競馬は楽勝などの話も聞きますが、そのお金がないなら手を出さない。

潔く自分はそう決めた。

この覚悟で投資やギャンブルをやる分には、世間も本人も一向にかまわないはずだと。

だから、今では儲け話みたいな誘惑があってももうおいそれとは手を出せないのです。





この時初めて「自己責任」の意味を理解したけれど、大きな覚悟が必要でずっしり重い言葉だと痛感した。

パチンコで負けたバカな奴と言われてのが傷つくので、あまりこんな話は人に話すことはないけれど、

気付かせてくれた友人は理解してくれた、それがとてもうれしかったし本当に感謝している。

専業投資家さんにもお話を聞いた事があるけれど、本当に命賭けているような覚悟が皆あった。

私の場合は、こんな当たり前のことが「ここまで堕ちなくては気づかなかった」のです。





この現実を認めるのはつらい部分もあったし、自分を省みることもたくさんありました。

同時に心地よさみたいなものも得られました。

心や体の中で固く凍っていたものが、ゆっくり溶けていく感じと言いましょうか。

自分の甘い部分や責任逃れする心も素直に認められたし、自発的に自分を変えていきたいと決意できた。

これから何をしなくてはいけないのか、道が見えた気がしましたね。





でも、不思議なことにパチンコに行く気はまったくおきなかったです。

昔買った雑誌をもう一度読み直して勉強は続けていきました。

読んだ事がある内容でも、同じ本かと思うぐらい入ってくる情報が以前と違いましたね。

よし、これで勝って負債を減らしてやろうではなく、早速日夜アルバイトをいくつも始めました。

まずやるべきことは、

自分のした結果の尻拭いをしなくては。






確率は収束するのまとめ



・1/300程度なら50000~60000でも概ねプラスマイナス10%の結果に落ち着く

もちろん絶対ではないが、フル稼働の専業さんで1ヶ月40000~45000回転。

月単位でおよその収支を上げているので、自身の経験からしてもそう思う。

ただし、体感ではまずわからない。





・確変割合、継続率も同様に確率通りになる

日々の偏りに一喜一憂しても65%なら、結局は65%の出現率になる。

特に現在は連チャン偏向型の機種(連チャンしてナンボ)ばかりなので、余計にわかりにくい。

大当り確率同様、体感ではまずわからない。





・確率通りになると、収支は全くの別もの

確率通りになっている=収支はプラスではない。

ボーダーラインを下回る台を打っているなら、収支は確実にマイナスになる。

ボーダーラインを大きく超える台を常に打っている人はプラス。

機種にもよるが、1日単位で見るとボーダー+2回で勝率60%程度、+3回で64%程度しかない。

回る台を打っても35%~40%は安定して負ける必要があるとも言える。






・長いスパンで考える必要がある

数ヶ月単位で考えないと、結果は見えてこない。

昨日ハマったから明日は引ける、3連敗しているから明日はなどの短いスパンは無意味。

陥りやすい間違いは、確率は収束するからという理由を「あてにする」ような立ち回り。

あくまで蓄積して「検証する目的」で収束を意識する。

収束するかを考えるより、日々この台はボーダーをいくつ超えているのか?を見て打つ。





パチスロも、確率通りになるから設定6は出ます。だから設定1は出ないのです。

分母の小さい子役確率も、確率通りになるから設定推測できるというものです。

パチプロも確率が収束しているから、収支はプラスになるのです。

負けている人も、確率が収束しているから負けています。

ホールも確率が収束しているから出したり、出さなかったりができるわけです。(全体で考える)

確率を否定する=これらすべてを否定することになってしまいます。





ただパチンコは試行回数がパチスロに比べ、1日当り1/5~1/6と非常に少ないです。

なので余計に体感はしにくいものと認識する必要がありますね。

「体感や感覚というのが非常に危うい!」

パチンコ以外でもこれに翻弄されるのは、間違っている場合が非常に多いです。





確率収束を理解するには、自身のデータを取ってみるのが効果的です。

気を付ける点は、確率を意識する場面というのは確率通りに当りが来ていない時、

つまり「負けが続いている時」です。

パチンコで負けるのが普通の事であって、そういう人を見下したり馬鹿にしたりする気は全くありません。

これは私の体験からですが、ほとんどの方は確率は収束するかどうか?よりも、

「日々の勝ち負けにしか目が向かないもの」ではないでしょうか?

収支にしか目が向かないと、勝っている時は当たり前だぐらいにしか思わず確率など見向きもしません。





確率は普通の人の思っている以上に、信じられないぐらい大きく偏りが起きます。

負け始めたから焦ってデータを取り始めても、そりゃあ確率以下になるのは当然の事ですね。

勝った時も、負けた時もすべてひっくるめて初めて意味のあるものになります。

確率と収支は全くの別物、ここではしっかり切り分けて考えてください。





人間は自分にとって都合の良い解釈をしてしまいがちです。

それこそがパチンコを理解するうえで、一番あってはならない「思い込み」の元凶です。

勝てば結果オーライ、負ければ確率なんてと言い出すのが関の山です。

これでは負けた理由を確率に求めに行くような行為になってしまいます。

主観的ではなく、客観的なデータが意味のあるものになることを忘れないでください。





私は確率は収束するかと問われれば、すると答えますが「人によって答えを変えます」

ある一定の線を超えてる人と、いくら確率を論理的に説明しても絶対理解されません。

パチンコは遠隔、不正と本人は「事実」として映っているので永遠に理解はありません。

お互いが傷つけあうだけの関係にしかならず、話合って人の考えを変える事は不可能だからです。

なので否定も肯定もしません。





その聞かない度合い、必死さ、辛さは自身が経験しているので誰よりもよくわかっています。

だからいろいろ言っているうちは、まだどこかに余裕や逃げ道を持っている状態です。

辛いことですがもし自分と現実と向き合おうとした時、何かお話できる事はあると思います。





当時を思い出すと胸にこみ上げてくるものがあり長くなりましたが、確率は収束するについてでした。

確率とはどういうものかを知ることが、私にとって何かに気付くきっかけになりました。

同じような事をやった方も意外におられるようで、何か感慨深く思いましたね。

あの時のお金があればもうちょっと良い暮らしができてるなぁと笑いながら話せるようになりました。





特に若い世代の方には、人の失敗談は良い意味でうまく活用した方が良いですよ。

人のパチンコでの失敗を真似る必要はまったくないわけですから。

パチンコをやるにしろやめるにしろ、認めたくないものを認められるかがたくさんあります。

思い込んだら最後、本人が違うと言えばもう違うのですから。

これらの経験もみなさんの何かのきっかけになればうれしいです。                                          










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元店長:まつたけ侍

前職はパチンコ店の店長
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・ビギナーからプロまで
・パチンコの裏も表も暴露
・内容の濃い情報にこだわる

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